
欧米では、この「ノブレスオブリージュ」という言葉があって、地位のある者や財力や権力のある者には、果たすべき義務や責任があるという「道徳観」なのだそうだ。
これは、儒教の教えに通じるところがあると思う。儒教は、コロコロと武力で実権を握る乱暴者の皇帝となる者たちに「無茶」をさせないための「縛り」だったのだと思う。
孔子は周王朝を模範として、「君子たるものは…」と教える。それを引き継いだ弟子達が次から次へと「決まり」を更新したり、増やしたりすることで、皇帝や王が身勝手なことをして、国民にひどいことをさせないための知恵だったのだと思う。中国にはいろんな民族が色んな国を造り、乱立し、支配し、統治する。迷惑なのは、その度に立場や身分が入れ替わり、時には奴婢にされたりする。そんな中で、知識人たちは、王や貴族が変わっても、自分たちの立場を守れるように「知的武装」したのが、儒教だったのだと思う。(アメリカではこの人たちを「ディープステート」と呼んでいるようだ。)
韓ドラを見ていると、世子や世孫たちが、子どもの頃から一生懸命に儒教を習っている。中国の属国みたいな朝鮮だから、反乱や反逆をしないように王になる者に儒教を課したのだろう。それは、勿論自分自身を王として認めさせるものとなっていったのだろう。日本も儒教を身に着けて、自分がいかに「君子に相応しいか」を証明していたのだと思う。
これが、邪魔になった秦の始皇帝は「焚書坑儒」をする。同じように、四人組が知識人を排斥した。
日本も江戸時代が終わった時に「国家神道」というカルト的な宗教を導入し、思想統制を行い、国民を鼓舞し、やがて「万歳突撃」や「特攻隊」「集団自決」「本土決戦」「一億総玉砕」を強要した。竹槍で「鬼畜米英」と言って、突撃訓練もした。親たちは「竹槍で、どうやって飛行機を落とすのかねぇ」と思っていたそうだ。
今のトランプさんは、まるで秦の始皇帝のように見える。その姿は、プーチンさんにも、習さんにも重なる。みんな、自分に反対する者たちを「焚書坑儒」しているようだ。
今の日本は、小数与党で、苦労しているけれども、どの国よりも正しい「民主主義国家」だと思う。石破さんが丁寧に野党の質問に応える姿は、美しい。野田さんの礼儀正しい態度も、素晴らしい。
「無理を通せば道理が引っ込む」というが、今の国会のやり取りは、「話し合い」がなされていて、とても気持ちがいい。確かに時間も手間もかかるが、それこそが民主主義の誉れだと思う。
今の日本は、世界一の「民主国家」であり、「平和国家」であり、誇るべき「祖国」であると思える。
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