
聖書の創世記の最初には有名な天地創造の様子が書かれている。これを完全な七日間の創造であるとする人もあるが、かなり無理筋な話だろう。単純に経緯を概説してあると考えるのが普通だろう。
その中で読み取るべきことが、天地創造から、地上と地上に棲むものなどを作られた後に、人間が創られたということで、天地創造が人間のために準備されるように創られたということと、人間が「神の形」に作られたことである。
つまり、神様は人間のために天地創造をされたということ。そして、人間に至るまで、徐々に進化の過程を辿っているような、高等動物へと進んでいるような進め方をしていて、最後に創られた人間は、なんと「神の形」に創られたのである。だから堕落した後も、人間は神の一部を持っており、元通りの神の形に回復することを願い続けている。
『仮面ライダーオーズ/OOO』で、グリードが完全体を求める哀れな姿が、人間そのものに見える。
そして、人間は男が先に創られ、その後に女が創られた。ということは、女のためにすべてが用意されたのだと言える。だから聖書には、
【新改訳2017】(創世記2:23)
人は言った。「これこそ、ついに私の骨からの骨、私の肉からの肉。」
と、ある。
つまり、男は女を「最高傑作!」と、言ったのである。
それなのに、罪を犯すと、責任を女になすりつけ、自分は「だまされたのだ」と言わんばかりになってしまった。
この聖書の話は世界的に拡散されて、同時に「女が悪い」と付け加えて、女性を虐げ続けて来た。たとえ、聖書を持っていなくても、先祖から延々と続けて来た男尊女卑が世界を席巻しているである。
イエス様は、この呪われた世界から人々を救い出すために来られた。この男尊女卑の呪縛を「神の子」であるクリスチャンが取り除き、解放してくれることを期待して来られた。にもかかわらず、教会は愚かにも、そのことに未だに気が付いていない。
堕罪する前の「神の形」に回復すことを目指さなければならない。完全体の「神の形」が「男尊女卑」であるはずがない。
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