
子どもの頃、毎年お正月、朝起きて来るとこたつの上にお皿が並べてあって、そこにお節が載せてあった。毎年変わらない光景だった。その中にくわいがあって、お正月にしか食べることのない、一際異才を放つ食べ物だった。子どもの口には苦みがあって、少し抵抗を感じさせるが、醤油で甘く炊いてあるのが、とても美味しく感じられて大好きだった。
母が「『目が出る』ということで、お目出たいとか、出世できるとかの意味で食べる」のだと教えてくれた。
ダジャレ料理そのものだった。
そういうと、テレビをつけると「おめでとうございます」のオンパレードで、何がどうおめでたいのかは全くわからなかった。テレビの中の人も「何がおめでたいのかわからなくても、『おめでとうございます』というの。おめでとうございますということがおめでたいのだ。」という説明をしていたように覚える。
目出たいかどうかは別として、「母の味」としてはお正月の極上の一品だと思う。と同時に、皮むきのお手伝いをしたことも大切な想い出だ。大人になって、土井勝さんの料理の本を買った時に、くわいの煮物を見たように思う。形を整えて、格好よく剥いてあるのには、「さすが!」と思ったけれど、私は子どもの頃、少しでも身を多く残したくて、薄くギリギリに皮を剥いていた。
ほんのり苦みのあるくわいは、とても印象の強いお正月の想い出である。
皆様にとって、良いお正月でありますように。



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