
懐かしさを覚えて、香川大学を検索したら、上の画像があった。画面の上方から右手側にかけて、香川大学教育学部美術研究室があった。今はこちらが正門になっているのだろうか、「香川大学教育学部」の文字が並んでいる。
手前にあるフェニックスが懐かしい。今サクラの木のあるところの右手にも左右対称となるようにフェニックスが植えられていて、絵画(油絵)の授業の時に描いたように思うが、その絵を見た人たちから、「パイナップルにしか見えない」と言われたような気がする。
コンパの後にこの汚い池に飛び込んだ?か、投げ込まれた?か、或いは投げ込んだ?か、したように思う。この池と研究室の印象が神学校の印象と重なる。フェニックスの代わりはイチョウの木だったけれど。
二年生になった時に研究室の室長になった。その時に飲み会の最後にエールを切るという役割ももらったように記憶する。
「流星落つるところ… Eins, zwei, drei !」という言葉だったように思う。その後に、逍遥歌を歌ったように思う。
「旅とこそ聞け 人の世は この旅を 我 雄々しくも…」
これを神学校にいた時にもやった。もちろん、言葉と歌はかえたが、先輩の卒業祝会の時だったように思う。時代錯誤なのと、キリスト教文化との違いを大前提にしていたが、予想以上に盛り上がったように思う(あくまでも個人の感想です)。
今朝、なぜか懐かしく思い出した。



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