スーパーヒューマン

 最近この「スーパーヒューマン」という言葉を聞いた。検索して頂けると「超人」とか「すごい能力を持った人間」とか、「人間を超えたサイボーグ」のような説明をしてもらえると思う。
 でも、この言葉、男女問題として使われると、「スーパーマン」とか「スーパーウーマン」ではない、『両性を超えた』人としての高みに上った「ヒューマン」をさしているように感じる。
 スーパーマンもスーパーウーマンも「より男らしい男」「より女らしい女」という意味を内包しているように思うが、「スーパーヒューマン」となると、「人間を超えた人間」となり、「人間性」が重視されるように感じる。
 スーパーヒューマンという言葉が、「高次元の人間性」を意味する言葉であってほしい。それも肉体的に強靭であるということよりも、精神性における「超人」を意味してほしい。
 人間は確かに「動物」であるが、動物とは違う「人間性」を持っていると信じている。
 恩師の太田先生は、よく自嘲的に「人間はただの『糞袋』だ」と言っていたが、そんなただの糞袋では、「人間国宝」にはなれない。
 先生は、技術を磨き、技を鍛え、より高い芸術性・技法を求めた「スーパーヒューマン」だったと思う。

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