
【新改訳2017】エレミヤ書
1:11 【主】のことばが私にあった。「エレミヤ、あなたは何を見ているのか。」私は言った。「アーモンド(シャケデ)の枝を見ています。」
1:12 すると【主】は私に言われた。「あなたの見たとおりだ。わたしは、わたしのことばを実現しようと見張っている(ショケデ)。」
預言者とはへブル語で「ナビ」という。ここから、「ナビゲーター」という言葉になったと聞いた。少し先が見えるといいように思います。
よく「予言者」という言葉と混同されるけれど、「予言」は基本的に未来に関するもののようだが、聖書の「預言」は「神様から預かった言葉」ということで、「現在・過去・未来(昔の歌みたい)」の何でもいいし、特段時系列に関わらない、どこかの何かの話でもよく、「神様が語り掛けた言葉」全般を指す。
聖書には三大預言者として、「イザヤ・エレミヤ・エゼキエル」がいる。私は、この預言者というのが、とても魅力的で好きです。とても憧れます。クリスチャンになったのなら、「『預言者』になりたい」と思っていました。
七條教会の村上密先生に「伏見の預言者」と言ってもらえたことは、私の誇りです。
神学校に入る前に、エレミヤ書を読んでいた時に、上掲の御言葉がとても訴えかけて来て、この御言葉がとても印象強く心に残っています。それで「見張る者」の役割を神様が与えてくださったのだと理解しました。
それから十年以上経って、伏見で開拓を始めた頃に、教会に花を植えたくて買って来たのが、このアーモンドでした。花壇の土が少ないせいかあまりたくさん花は咲きませんが、毎年花を着けてくれます。
エレミヤは「涙の預言者」とも呼ばれていて、滅びゆくイスラエルを見つめていました。最近の世界情勢を見ていると、「滅びゆく世界」を見張っていなければならないのかと、気持ちが暗くなります。
ガンダムSEEDの会話が頭に浮かびます。
バルトフェルド:毎日毎日、気の滅入るようなニュースばかりだね。なんかこうもっと気分の明るくなるようなニュースはないもんかね。
ラミアス艦長:水族館でシロイルカが赤ちゃんを産んだとか、そういう話?
バルトフェルド:いやー、そこまでは言わんが…。
楽しくて明るいニュースも少なく、気の滅入るような雰囲気がずうっと世界を覆っているような気がします。少しでも、世の中が良くなりますようにお祈りしています。


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