
また、痛ましい事件が起こった。20歳の女の子が殺された。心から、哀悼の意を表したいと思います。
これもまたストーカー殺人だった。ポケモンセンターで働きたいということで、仕事を続けていた。
ストーカーに追われると、女性側は隠れたり、逃げたりしなければならない。そんなことを「ミステリーという勿れ」の中で話していたような気がする。女性の権利が守られない。
これを男の側から見たら、どう見えるのかということも考えなければならないと思う。
子どもの頃に聞いた歌の中で、好きな女の子のところへ爆弾を持っていって、自分の恋愛をOKさせるというような物騒なものがあったように思う。そして、女性を自分のものにするためには、暴力や強姦でも働けというような話はよく聞いた。
以前にも書いたと思うけれど、「美女と野獣」のような話でも、男同士が決闘して女の子を自分のものにするという話はいくらでもある。女性にどちらがいいか聞けば、事足りると思うけれど、そうはいなかい。
女性を「力づくで自分のものにする」というやり取りは、ドラマやアニメや小説の中だけではなく、普通の生活の中にもたくさん出て来る。男同士で話しているとそういう話もよく出ていた。そして、女の子にフラれるというのは、恥で、その恥を漱ぐために、「相手を殺すか」「自分が死ぬか」のような話までも出て来る。「死ぬ気で告白しろ」と励まされるので。
テレビのニュースなどでは、「刑務所に入れるだけではなく、カウンセリングなどをして監視を続けなければならない」という話をしていたが、効果があるのなら、あらゆる方策を講じた方がいい。
そして、それと同時に、こうした社会的な風潮を変えることも目指さなければならないと思う。
女性に対する暴力は多い。それは、女性蔑視が根底にあるように思うが、正しい恋愛のあり方や恋人や妻との関係を学ぶ機会も大切だと思う。
しかし、「女の子を好きになった時」その気持ちをどう扱っていいかわからない。好きである度合いが大きければ大きいほど、自分をコントロールするのが難しいと感じてしまう。それ程に、恋愛という感情は強い。
私的には、まず「忘れるための努力をする」ということだと思います。殺人も自殺も暴力もダメなのだと自分に言い聞かせる。他に好きな事や趣味を持ったり、気を紛らわせることをする。他に好きな人を作る。その場所を離れる。頭と心を冷やして、忘れる。
仏教的には、「色即是空、空即是色」というお経を唱え、悟りを得るというのもありかも。般若心経そのものを写経するのもいいですね。私もしたことがあります。書道の練習のついでに。
神道的には、「サクラの花のように、『見事散りましょう』」と自分に言い聞かせ、その恋愛心を潔く喜捨する。思い一つで自分を変える努力が必要です。そして、決して自殺はしない。
キリスト教的には、「人の愛よりも神様の愛の方がいいことを深く受け止める」です。私はこの方法が一番良かったと思います。「失恋」とは「『恋=愛』を失うこと」だと思いますので、それよりも「大きな『愛』に満たされること」が一番心が平安になると思います。
但し、これには「神の愛」を信じなければなりません。信仰がなければ受け止めることができません。頭で多少理解できても、心を満たされるところまで至ることができないでしょう。
信仰とは「神体験」であり、「神様の存在を実感する」ことです。それは「神の愛」に満たされることです。


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