神戸に旅行中の方から頂きました。
神戸は横浜に似ていて、「異人さん」に纏わるものが多いですね。
やはり、教会が多い。古いものもあれば、新しい教会も多い。
最近は、テレビや映画でも「キリスト教」に関するものが、割とそのまま流れている。でも、少し前は、「悪意」と感じられるような「意図」や「改竄」や「抹消」が施されてあった。
一番印書的だったのは、マイケル・ジャクソンの葬儀で、ゴスペルが歌われていた時、字幕には、「Jesus」と歌っているのを、そのまま「ジーザス」と訳していた。「イエス」と訳すべきだと思ったが、そのままだからいいじゃないかという感じだった。日本人で、「イエス」を「ジーザス」と言う人は多くはない。カトリックの人で、「イエズス」と言っている人はいた。これは「イエズス会」を歴史で習うから、わかるけれど、「ジーザス」が「イエス」とつながる人はむしろ少ないと思う。
今でも、ネットの中には、キリスト教に纏わる「ことわざ」などは、「聖書から」「キリスト教から」ではなく、「西欧の言い伝え」とか「昔話」とか「伝統」とか「神話」などと、書かれている。
どうしても、「キリスト教」「イエス・キリスト」を、「消したい」ようだ。
最近やっていた「ダイハード3」でも、「good samaritan(「良きサマリア人」という聖書の話)」を意味する「samaritan」を単に「黒人」と訳していた。「良きサマリア人」を知っている人は少ないかもしれないが、「ズース」はギリシャ神話の「ゼウス」だとは言わせているのに、その黒人が単なる黒人でなく、素晴らしい黒人であり、「レーシスト=人種差別者」でないことを意味しているのに、「良きサマリア人」とは言わせない。ズースはジョン・マクレーンの運転する車の中で、恐怖から顔の前で十字を切っているから、彼はクリスチャンで、「良きサマリア人」としての生き方をしている。そういえば、ホリーも飛行機の中で、十字を切っていた。
もちろん、異人がみんなクリスチャンではないけれど、多くの場合キリスト教に纏わる人が多い。「異人○○」とかあるけれど、「クリスチャン○○」か「教会○○」とした方がいい。
そういえば、ルミナリエも「キリスト教」的要素を削って、ただの「電飾会」にしたみたいだし。旅番組を見ていると、わざわざいちいち「神社・仏閣」には立ち寄るのに、なぜか教会は無視される。教会は日本にもたくさん建っているはずなのに…。
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