
チャップリンの映画にこんな題名のものがあったなんて知らなかった。
今から、考えると私はこれまでに「偽牧師、偽宣教師」に随分と沢山会って来ていたのだと、思う。その時は、「そんな奴らに負けるもんか」と自分を励まして、頑張っていたが、ホトホト疲れ果てて精神を壊して、辞めてしまった。
それは、「ブライダル牧師」としてアルバイトをしていた時のことだった。
今から、三十年ほど前のことだった。うちの教会は開拓教会で、一年で教団からの資金が尽きてしまった時に、教団の宣教師の先生の紹介で、ブライダルのアルバイトをすることになった。
かなり過酷な仕事で、土日祝日に仕事が集中した。特に、日曜日の午前中は多く、教会の礼拝の時間を午前から午後に移動させなければならなかった。その延長線で、ブライダル牧師を辞めた後も午後の礼拝をしている。
そのブライダルの仕事で、行った先のホテルなどの式場で、色々な牧師、宣教師に会った。でも、詳しく聞いてみると、牧師でも宣教師でもない人がほとんどだと言うことがわかった。中には、本当にタチの悪い人もいて、式と式の合間にお酒を飲んで、酔っ払って式をしているような人もいた。
こんな人間に結婚式をしてもらったら、祝福どころか呪いをかぶるだろうと思った。所属していた団体にも訴えたが、聞いてはもらえず、そのストレスから、心を病んで続けられなくなり、辞めた。
一般的な教会では、結婚式や葬式や聖餐式のような儀式を行えるのは、「正教師(うちの教団では)」という資格を持っていなければならない。神学校を卒業して、伝道師として三年働いた後に試験を受ける資格がもらえ、正教師試験を受けて合格すれば、按手礼を受けて、牧師となる。
私は、最短で試験を受けて、合格した。ちなみに、当時の理事の先生から、「過去最高点だったよ」とほめてもらった。(自慢です)。他教団に比べれば、レベルの低いものだと思う。
それでも、そうした規定が教団にあって、ようやく牧師になれる。
しかし、ブライダル牧師や宣教師は、そんな資格など、多分、殆ど、持っていない。宣教師として送り出した教団など存在していないだろう。
つまり、偽牧師と偽宣教師だ。
【新改訳2017】マタイによる福音書
24:23 そのとき、だれかが『見よ、ここにキリストがいる』とか『そこにいる』とか言っても、信じてはいけません。
24:24 偽キリストたち、偽預言者たちが現れて、できれば選ばれた者たちをさえ惑わそうと、大きなしるしや不思議を行います。
偽牧師も偽宣教師も『偽預言者』の類だろう。
そして、偽キリストは、麻原彰晃や大川隆法や文鮮明たちだろう。みんな自分のことを「キリスト」だと言っていた。みんなもう死んでしまったけれど。騙された人は人生を棒にふることになる。
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