
先のブログを書いた後、大学生の時の太田先生との一番楽しかった想い出を思い出した。それは、確か二年生になって、太田先生の弟子になった年のお正月に、先生が自宅に招いてくださったことだ。
「お正月はご家族とお過ごしになるんじゃないですか。」と言うと、「いいんだ、家族とはいつでも会えるから。今年は東君と過ごしたい。祝いを兼ねてね。」と言ってくださった。「でも、元旦はたくさん人が訪ねて来ませんか。」というと、「元旦は誰も来ないから、大丈夫だ。」と言う。それで、ありがたくも元旦に先生の家を訪ね、仕事場で二人だけでお正月を迎えた。
先生は上機嫌で、饒舌だった。そして、酒瓶を取り出した。
「このお酒知っている。」と嬉しそうに聞いた。
「これはね、『梅錦』と言って、愛媛の銘酒なんだ。東君のために取り寄せたんだ。普通は『特級』が一番上と思っているだろうけど、これはね『超特級』なんだ。そして、市場には出回ってなくてね。蔵元に頼んで取り寄せたんだ。」というと、一升瓶からコップについでくださった。さすがに銘酒中の銘酒。めちゃくちゃうまかった。二人で三本飲んだ。
それから、お節料理を頂きながら、漆の話をいっぱいしてくださった。先生の作品を机一杯に並べ、机が足りなくなると、床にまで並べて、一つ一つどういう点が大切なのかを説明してくださった。ルーペを使って、細かい部分まで見せてくださり、一つ一つの技法も難しいところも丹念に説明してくださった。そして、作品の説明が終わると、『千代鶴の鉋』(写真は参考です)を見せてくださった。当時で一つ30万円するものや『烏城の鉋』など。のこぎりも当時の価格で十万円するものなどなど。そして、『蒟醤の剣』も何十本も見せてくださり、手板に目の前でいくつも彫ってみせてくださった。
それから、年賀状を木版画で作ると言って、版木を何枚も取り出して、図案はあらかじめ考案していたようで、それを版木に写して、多色刷りの版画を彫るのをずうっと見せてくださった。
「これを東君に見せたくてね。」と、得意そうな笑顔を浮かべていた。
ひと段落ついたところで、太田先生が酔うとするお話をしてくださった。
「学生時代ね。恩師(後に義父になるが)の如真先生とたくさん酒を飲んだ時に、線路の側を歩いていた時に、土産にもらった『たくわん』をもっててな。如真先生がそのたくわんを線路に置いたら、蒸気機関車がスリップしてひっくり返るぞ。行って、レールの上に並べてこい。というから、並べに行って、返って来て、蒸気機関車がやってくるのを目を凝らして、待ってたいんだ。そして、蒸気機関車が来て、たくわんを踏むと、たくわんがボロボロになって、飛び散って、たくわんの雨を浴びたようになったんだ。たくわんで、機関車がひっくり返るわけがない。みんなで腹を抱えて笑ったよ。」という話だった。
人間国宝になる人もただの人なのだと思って楽しかった。
私にとっても、師の太田先生との学生時代の想い出は大切な宝物です。
皆さんにも、大切な想い出があることでしょう。そして、今それを作っているかも知れません。楽しいこともツラいことも大切なものです。苦しいことに押し潰されることがないように、いい想い出を増やせるといいですね。
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