経験による負荷?!

 任天堂スィッチの『リングフィットアドベンチャー』の中に、このぶら下がって、モノレールのようなところを進むものがある。両腕を上げてリングを引っ張るとブレーキが外れて、自動的に進む。強く引っ張っても弱くても、進むスピードを変えられるというのではなく、自動的に回転するギアがレールのギアと嚙み合って、進む。ブレーキをオン・オフするだけという感じである。
 ところが、下り坂だと腕が軽い気がして、上り坂だと腕の負担が大きくなった気がする。
 でも、よく考えてみると、強く引っ張っても加速するわけでもなく、弱いからといってスピードが遅くなるわけでもない。腕で引っ張る力は進むスピードとは関係ない。なのに、上りはしんどく、下りは楽に感じる。
 これは明らかに『錯覚』である。そう判っていても、負荷を感じる。
 その上に、上りの時はしんどいぞ~という効果音があり、下る時はスピード感のある音がする。脳は完全にダマされているのだと思った。
 私たちは、人生を生きている中で、様々な経験をする。その経験は分析され、整理されて、経験値として、積み上げられる。そして、ある情景を思い描くとそれに応じて脳が準備し、体にその影響が現れる。まさに「体が覚えている」という状態になるのだろう。
 「あつものにこりて、なますを吹く」という言葉があるけれど、失敗と成功を繰り返して、最も効率のよい経験を積むのだろうけれど、それが誤作動を起こすことがある。
 テレビでの映像では、五感の内『視覚』と『聴覚』は満たさるが、『味覚』や『嗅覚』や『触覚』はない。なのに、梅干しはその言葉を聞いただけで、唾が涌くし、びっくりするようなシーンでは手に汗を握るし、悲しいシーンでは涙が流れる。
 こうした「疑似体験」が積み重なっていて、体に沁み込んでいることに気が付く。
 楽しくて、いいことには、心も晴れやかに嬉しくなるけれど、ツラく苦しい出来事には、ドキドキして、こちらも苦しくなってしまう。
 テレビのドラマやアニメでも。まして、ニュースの映像等は刺激が強すぎる。ウクライナ戦争以降、今はニュースを見るのをかなり制限しています。新聞も激しいものは避けています。それでも毎日様々な出来事が入ってきます。
 今の世の中で生きていると心が悲鳴を上げたくなっています。
 皆様はいかがですか。毎日の生活は落ち着いていらっしゃいますか。
 戦争の話や、いろいろな事件や事故や。株の乱高下。地球の温暖化の影響による様々なニュース。
 遠く離れていても、何度も何度も繰り返して、激しい映像と音が、私たちの心をとてもリアルに破壊していっているように思います。
 安らぎのある日々をお祈りいたします。
 

コメント

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました