「悔しい」と「悔いる」は別

 「悔しい」という思いは、他者からの暴力や理不尽に潰されてしまった時の気持ちで、「悔いる」というのは、自分が何かをして失敗した時の気持ちだと思います。とても大雑把ですが。
 いじめに遭った時に、一方的にやられたり、理由もなくいじめられたり、全く身に覚えのないことや、正しいことをしてひどい目に遭ったりした時の感情だと思います。
 それに対して、「悔いる」というのは、イジメた側が後で、反省した時に生じる感覚だと思います。
 この「悔」は「後悔」の「悔」ですが、「後悔」は「悔いる」という方に近く、後で反省することができるので、救われたように思うこともできるかも知れません。
 でも、「悔しい」の方は、相手がいて、自分の弱さなどを感じさせられ、心の傷も深く、問題解決へ繋がる方法も見つけにくいと思います。
 子どもの頃にいじめられて、悔しい思いをして、そのまま成長しても、何もできないままいて、あるいは、怖いという思いから色々なことができず、引き籠ったり、前向きになれず多くのものを手放してしまうことになり、時間が経てば経つほどこの傷は深く、大きくなることもあると思います。
 加害者には、立ち直る機会もあるのかも知れませんが、被害者の方は立ち直ることができないことも多いのではないかと思います。
 特に、弱い人は、弱いことでいじめられたり、被害者になったりします。その人が被害から立ち直るのは、その弱いことでいよいよ困難な場合も多いと思います。

「悔しさ」をバネにできる人は幸いでしょうが、そういうことを言われると、バネにできなかった人は自己責任と言われているようで、いよいよツラくなるように思います。

 私も「引き籠りニート」だったことがあります。そこから引き出してくれたのは、友達と教会と神様でした。
 弱い人に、祝福と導きがありますようにお祈りしています。

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