√3の戒め

 √3と言えば、「1.7320508…」「人並みにおごれや」と覚えるように習った。
 その時に「人並みに」という言葉が引っ掛かった。子どもの頃に「妖怪人間ベム」というのを見ていた時に「早く人間になりたい」という言葉にとても励まされて、「人間になりたい」と思ったのと重なった。
 中学・高校生の頃、「自分は人並みではない」と「自分は普通の人間ではない」という思いに囚われていたので、この中三で習うこの平方根の√3がとても印象強かった。
 最近、お散歩をしている時に目に着いたナンバープレートが「173」だった。最初は「伊波」さんくらいに思ったのだが、もしかしたら、「人並み」ではないかと思った。このナンバーを取得した人は同じことを悩んでいるのだろうかと感じた。
 「人並みになりたい」というのは、幼少期よりある切なる希望だ。そして、時々「人並みに」なれたのか、と考える。未だに自信はない。
 でも、ふと思ったのは、なぜ「1732」ではなく、「173」なのだろうか。それはきっと「人並みになった」という思いから、「2」は削ったのではないかということだった。

 √3は「人並みにおごれや」だけれど、実は「おごれや」の部分に意味があるのではないかとも考えた。「おごれや」は「食事を奢る」の「奢る」もあれば「驕り高ぶる」の「驕る」もある。「驕り高ぶり」たくはないので、「人並みに誰かに食事でも奢れる」くらいにはなりたい。
 つまり、「人並み」とは「誰かに食事を奢れる」くらいになることなのではないか、と思ったことがある。

 それにしても、正三角形の底辺を直角に2等分する線、つまり「高さ」がこんなにも複雑な数字になっているとは驚きです。それは同じく、正方形の対角線が√2であるのも驚きです。
 鶴を折る時に√2だと思うのは、不思議な感覚です。
 無理数という名前も面白くないですか。「無理」の反対語は「道理」なので、「有理数」ではなく、「道理数」と命名してほしかった。整数は「道理数」としたら、√3は隣の「1」か「2」の「道理数」になることが、「人並みに」ということだったのでしょうか。それとも、「無理数」を当たり前と思うことが「人並みに」ということなのでしょうか。
 正三角形はなかなか手に入らないので、折り紙の正方形で鶴を折って、√2が当たり前になるように頑張ったらいいのかも知れませんね。
 千羽鶴を折るというのは、「人並みに平和を求めること」だったり、「人の世は人を見殺しにしていけない(ひとよひとよにひとみごろ〔し〕)」という戒めなのかも知れませんね。

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