小学生の頃、毎週日曜日になると朝早く起きて桟橋に向かった。学校へはほぼ毎日遅刻ギリギリなのに、日曜日だけは早起きができた。桟橋に行くとすでに何人かの人たちが、釣り糸を垂らしていた。その中に上級生の子たちがいて、「おっ、東、また来たんか。」と言うと、自分の仕掛け箱に目くばせをして、「使っていいぞ、お前用の持って来てあるから。」と、私のために釣り用糸巻と重りも針も用意してくれていた。もちろん、エサも。
糸を解いて足元に垂らしてから、狙いを定めて、仕掛けをぐるぐる回して、投げる。
釣り竿にリールは、その当時からあったが、高価だったし、私は手投げで釣る方が好きだった。
広島の海まで歩いて三分くらいの漁村のような町で育った私には、魚釣りはとても楽しい遊びだった。釣った魚はどんな雑魚でも、持って帰ると母が煮つけにしてくれて食べた。名前も知らない魚だったが、新鮮な魚はどれも絶品だった。
時には、潮の引いたドブのような浜辺を一メートルほども、何か所も掘っては、ミミズのような「ゴカイ」を取った。取ったゴカイを冷蔵庫で保管していたら、母親にビックリされて、叱られたが、理由を話して、入れさせてもらったこともあった。
最近、テレビで魚釣りの番組を見ることがある。初めはなつかしさもあってよく見ていたけれど、段々と詰まらなくなって、見なくなった。
グラスファイバーとかカーボンファイバーとかスゴイ竿が出て来る。竹で自分で作ったこともあった。
電動リールやラバー製の疑似餌や…。魚群探知機などのハイテク機器を駆使して、魚を釣る様子に嫌気がさして来た。
「大魚と戦う」みたいなイメージや「魚とのかけ引き」とか。
圧倒的な力を持つ人間が、戦略や戦術を駆使して、最新兵器を大量に装備して、「魚を倒す」というのは、何かとても「卑怯」な気がする。魚は生身の身体で、いつも食べているエサを食べようと思って食べたら、それは偽物で、怖ろしい強力な針とハリスに掛けられて、泳いで逃げることもできないほどの力で、海水から引き抜かれるようにして仕留められる。
小さな漁船で、おっちゃんが、竿も持たず糸だけで、鯛を釣る姿が好きだ。
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