「変しい、変しい貴女へ」

 手紙というのは、不思議なもので、それだけで何かロマンチックな印象がある。誰かに手紙を書くというのは、「会って話をする」とか「電話をする」とか「メールを送る」とか「ラインをする」とかとも少し違うような気がする。
 今は、紙に手紙を書くということも少なくなっている。年賀状ももうやめてもよくなったので、「年賀状収め」をした人も多いことだと思う。それは「人間関係収め」だったりもするのだろうか。
 ヴァイオレット・エバーガーデンでは、彼女は手紙の代筆サービスをするという「ドール(自動手記人形)」として働く。「愛してる」を知るために。
 手紙とはすべて「ラブレター」なのだと思う。事務用であっても一言添えてあったり、ちょっとした心遣いがされていれば、十分にラブレターになると思う。
 メールとの違いは「手間がかかる」ということなのかも知れない。お金もかかるし、便箋や封筒を選んだり、切手を用意したり、ボールペンや万年筆や色々と準備も必要だし、なんと言っても「きれいな字を書く」という終わりのない努力と鍛錬が必要だと思う。
 そして、文章力や語彙力なども不可欠になるのだろう。
 中学生の時に、国語の先生が「あなたたち、ラブレターを書いた時に『変しい、変しいあなた様へ』なんて書かないでよ。」と言われた。勿論『恋しい、恋しい』だけれど。「恋も一瞬で冷めるわよ。」とも。
 ヴァイオレットはタイプライターで代筆をする。だから、字体や「きれいな字」には関わらない。逆に内容が重要になる、ということを表したかったのかも知れない。「届かない手紙」という話も出て来る。手紙には「人の思い」が込められている。
 「変しい、変しい貴女へ」と書いても、喜んでくれる人に手紙を書きたい。
 

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