実は『女性主導』

ダビデとバテシェバの話は聖書の中でも衝撃的なものだろう。自分の優秀で実直な兵士だったウリヤの妻であったバテシェバを寝取るのである。ダビデは厳しい罰を受けるが、やがて二人の間に生まれたのが、ソロモン王である。知恵に満ち、富と権勢を思いのままにした王だった。
新約聖書の系図にも「ウリヤの妻」と記されている。
ダビデにはたくさんの妻と子どもがいたが、選ばれたのはソロモンだった。
ダビデの家系ということの意味は重要だが、実は『妻』が重要なのだと思う。
アブラハムも、サラ、ハガル、ケトラとの間に8人の子どもがいる。が、重要なのはサラの子イサクである。
そして、ルカによる福音書にある系図はマリアの系図で、イエス様はヨセフの子ではない。ここでも重要なのはマリアで、マリアはキリスト教界の中で最重要人物である。
そもそも、善悪の知識の木の実を食べたのもエバで、どう見ても聖書の世界、キリスト教の世界は『女性主導』である。
それなのに、世界は「男性優位」になっている。これが、「聖書の価値観=神の価値観」を理解できない一つの理由だと思う。

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