
宇部の教会に行くようになり、信仰決心もして、聖霊のバプテスマも受けた後、次の人生を考えなければならなかったので、実家に帰った。そして、一番近いアッセンブリーの教会が福山にあったので、そちらに通うことにした。
相変わらず、賛美は苦手なまま礼拝に参加していた。そんな時に、ふと気が付くと教会の一室で「日曜学校」をしていることに気が付いて、何気なく音が漏れ聞こえて来るのを聞いていた。
すると何か昔聞いたことのある歌が聞こえた。それが「主我を愛す」だった。その時はよく聞こえなかったけれど、後でその部屋に入り、子ども用に大きく手書きされた歌詞を見た。
その瞬間に過去へ引き戻された。
あれは、小学五年生の時のとある土曜日。まだ半ドンで昼まで授業があったので、それが終わってお昼ご飯を早く食べたくて急いで家に帰った時だった。母がいきなり「和美ちゃんがお昼を食べさせてあげるって言っているから行っておいで」と。和美ちゃんというのは父の妹で、肺結核を患っていて、年に一度「おでゃっさん(弘法大師の祭りらしい。京都に来て、東寺で毎月やっているものと同じもののようだった)」の時にだけ会うことのできる大好きな叔母さんだった。
私は即答で、「行く」と言って、ランドセルを投げ出して、走って叔母の家に向かった。叔母は二十歳の時に肺結核を患い、ずうっと入院していたが、その頃は結核菌が出なくなっているということで、退院が許され、うちの近くに住んでいた。
叔母は訪ねるととても喜んでくれて、私のために「焼きそば」を作ってくれると言った。冬になりかけていたので、部屋の中に火鉢のようなストーブが置いてあって、それに鉄板を載せて料理を始めた。苦手な豚肉とピーマンが入れられた時は、げんなりした。当時の私は肉は気持ち悪くてほぼ食べられなかった。ピーマンは大の苦手だった。
しかし、大好きな叔母が私のために作ってくれる焼きそばである。どんな味なのだろうと興味津々だった。
出来上がって、何だかお祈りをしてくれて「食べて!」と言われた。
「うまい!」
それ以外には何も感じなかった。あっという間に平らげた。
その後に叔母がキリスト教の話をしてくれた。その前に「『主われを愛す』という賛美をしよう」と言って歌ってみせてくれ、一緒に歌った。その後にイエス様の話をしてくれて、「素晴らしい神様だから、信じてほしい」と言われた。
私は一も二もなく「信じる」と即答。叔母は大喜びで、私をお祝いしてくれた。
それから半年ほど、叔母と二人だけの土曜学校が続き、毎回美味しい焼きそばを食べさせてもらい、「主われを愛す」を歌った。
私はこの「主われを愛す」という賛美が大好きです。それはいつも叔母とのこの楽しい想い出に引き戻してくれるからです。
音楽と賛美と歌はジャンル的には、同じもののようですが、私にとっては同じものではなかった。学校の音楽は大嫌いだったのに、懐メロもアニソンも好きだった。そして、この「主われを愛す」は大好きな賛美だった。
この後、教会を離れるまでは。


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