
学生の頃、街中の高校生のスカート丈が異常なほど長く、気持ち悪いと思った。その当時は「スケバン」とかが流行っていて、みんなスカート丈を長くしていた。それがいつ頃からか女子高生のスカートが短くなって、普通になった。
昨日くらいから中学校も新学期を迎えて子どもたちが登校していた。その中に周りとは違ってミニスカートの一団がいた。見るからに「三年生」なのだろうと思った。しかし、その他の子どもたちはたぶん一二年生で、普通丈のスカートだった。
それで、「ミニスカートは三年生しか履いてはならない」という暗黙のルールがあるのだろうと想像した。
中学生になるとこのどうでもいいような「学年カースト」が始まる。大学生の時に入学した時に先輩に言われたのが、「一年ゴミ、二年奴隷、三年人、四年神」ということだった。中学校は三学年しかないから、「一年ゴミ、二年奴隷、三年神」というところだろうか。
PTA会長をしていた時に、どなたかの先生に教えて頂いたのは、「中学生は先生の言うことよりも先輩の言うことを聞く」ということだった。新入生が運動系の部活に入ると一番最初にするのは、朝先輩たちよりも早く登校して、正門のところに列を作って、先輩たちを迎え、「○○先輩、おはようございます」と、大声で言うことなのだそうだ。
競技のルールを習うよりも先に上下関係という人間関係のルールを徹底教育される。そこでは「先輩に逆らってはならない」ということを叩きこまれる。
しかし、スポーツの世界は「実力主義」の筈だ。なのに、実力を上下関係でネジ伏せようとする。「チームプレー」とは個人の才能や卓越した能力を個人の手柄ではなく、チームの利益として利用するシステムのための「合言葉」のように思う。日本の社会の縮図のようで、気持ち悪い。
それで、チームで役立たずのレッテルを張られた選手が非行に走り、チームの甲子園出場を潰さるような事件が起こる。まるで自分が甲子園に行けないから全員を道連れにしたかのような後味の悪さを覚える。
これらは、確かに半分想像でしかないのかも知れない。でも、そんな圧力が学校の中で働いていることを身近な子どもたちが学校に行っていたり、PTA会長をしていた時やボランティアで美術部の指導をしていた時にも感じた。
不登校になる子が多いのも、こうした「暗黙の了解」や「影の圧力」や「裏のルール」があるからだと思う。そして、それは大人の社会にも歴然と存在している。残念で哀れな国だと思う。


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