簗式予算カットは当たり前だったのでは…

 簗大臣が予算をカットしたという発言は発言だけではなく、実質的にそうされたものだろう。ということは、国交大臣もグルだったことを意味しているし、それはつまり高市さんも許可していたことを意味しているのではないだろうか。
 「ダサい発言」「みっともない」というのは、「黙っていればいいのに…」という意味だと思える。
 言ったこととやったことのどちらが重大かと言えば当然やったことだろう。だから「発言」にはそこまでの意味はないから、時間が経てば消滅することくらいに考えていたのではないかと思う。
 そして、実際に予算をカットしていたとしてもそれがそんなに大したことはないとも考えていたと思うし、予算カットはこれまでも当たり前のことだったと思う。だから、自民党の人たちもそこまで大きな問題になるとは考えていなかったのだと思う。
 古謝知事が誕生したらすぐに「沖縄振興予算」が増額されることになった。こちらも十分に露骨だと思う。「増額」とは聞こえがいいが、これまで「予算カットし続けていた」とも言える。
 京都に来た頃に、長老の人たちが急いで教えてくれたのは、「以前の京都府知事は共産党系だったから、国が予算を付けてくれなくて困った」ということだった。それが自民党系の知事になって予算がついて本当に良かったのだと。
 選挙に勝つとか、当選させるというのには、こうしたことが実質的にセットになっているのではないだろうか。
 だから、京都の人たちは予算を上げてほしくて自民党系の知事を選んだ。それはやはり逆を言えば、それまでは「予算カットされていた」ということになるのではないだろうか。
 これらは当然のことだったので、自民党の執行部にも、高市さんにも危機感は無かったのだと思う。
 それが、今回大問題となった。「予算カットは当然のことなので、そんなことは言う必要のないことなのに、大きな声でそんなことを言い、自分はエライのだと言った」ことは確かに「ダサい」し「みっともない」発言だと思う。だから、発言のみを批判したということになる。
 そういう意味では簗大臣は「言行一致」した誠実な人物、或いはバカ正直な人だったと言える。それが本当なら、今の閣僚の人たちやこれまでの閣僚の人たちの方が余程ダサくなく、みっともなくもなく、カッコいい人たちであるということになる。

 でも、驚いたのは予算とはこのようにして本当に立てられるのだということだった。

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