
学生の頃はテレビも新聞もない生活をしていたので、一般的な情報を知らなかった。大学院の時は実家に帰る機会も多かったので、それに触れることも多少はできたが、それでも学生の時は浦島太郎状態だったと思った。
学校の先生をしていた時は再びテレビも新聞も無かった。だから、日航機墜落のニュースを学校のテレビで見た。
塾の講師をしていた時は実家から通っていたので、新聞もテレビもあって、その頃が一番よくそうしたものに触れていたと思う。
神学校の時は新聞はあったが、テレビは基本的に見てはいけないという感じだった。新聞で普賢岳の火砕流のニュースを読んだように思う。エバンゲリオンを見なかったことを後悔した。
その後に大分の蒲江で牧師(伝道師)をしていた時は、アンテナのないテレビでかろうじてテレビを見ていたので、阪神淡路大震災を見た。
教会では、テレビは「悪魔の箱」と呼ばれていた時期があったり、新聞と言えば「三面記事(現在のゴシップ記事的な)」というイメージが強く「読むな」と言われていた時期もあった。
そんなイメージが現在も残っているせいか、クリスチャンで新聞やテレビを見ない人もいる。
確かに、テレビや新聞も偏りがあって、『公共放送』というよりも新聞社や各局のイデオロギーのようなものも含まれているように感じる。
それでも、ネットのニュースや様々な意見の極端な偏りよりはましに思える。
自分でブログを書きながら、こんな話を書くのは本末転倒のように思うけれど、「常識」や「理性」や「知性」や「良識」などを保つのには必要なものだと思う。カルトの中ではこうしたものはシャットアウトされて触れることが禁止されていることが多い。
新聞は紙媒体の方がいいと思う。下の方に並ぶ広告や見開きの広告も大切だと思うし、多くの情報が入る。自分が選ばないようなものが入っていることが案外大切だと思う。
テレビも池上さんの解説番組や橋下さんの解説などは大切な「視点」などを教えてくれるし、NHKのニュースも大切に思うし、各局の看板のニュースや解説番組も大切に思う。
勿論、アニメもドラマもぜひ見てほしい。
現代は、「ニセ情報」や「フェイクニュース」を見抜くことが必要になっている。そのために大手の新聞やテレビの情報を基にして判断することが必要に思う。ネットだけでは危険に思う。



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