
前回は「全知全能の神」としてのキリスト教の神をご紹介しましたが、今回は「創造の神」としてご紹介したいと思います。
私は教育学部に行きました。その頃、「まなぶ」とは「まねぶ」から、「まねぶ」は「まねる」から来ていると教わった。だから、日本の学習の中心は「人まね」から始まる。
それは教育学部を戦前は「師範学校」と言ったように、何かを教えてくれる機関にはこの「師範」が存在した。「お手本」ということが大切となり、「お手本通り」が重視され、「個人・個性」は否定される原因になる。
しかし、お茶やお花もそうだけれど、柔道や剣道も江戸時代以前にはたくさんの流派があり、その初代はみんな「自流・自己流。我流…」で、「創始者」と呼ばれた。それが一番良いものを一つ選びだして、その後はほぼそれを「まねる」だけとなる。多少の変化を認めるとしても多くは、「基礎・基本」が重要視され、ある意味雁字搦め(がんじがらめ)となる。
私は「美術」だったので、それでは「芸術は生まれて来ない」と思った。日本の絵画の多くにも流派があり、お手本となるものを「写す」ことが主体となる。書道などもお手本と師範(お師匠さん)のマネをする。
しかし、「芸術」の原点は「創造」である。岡本太郎さんではないが、「創造は『爆発』だ」ろう。「ビッグバン」でもいいが、「光、あれ」が創造の初めである。
「無から有」を存在させることが、創造である。仏教には悪いが「無」を最終的救いとして求めるのに対して、キリスト教はその「無の中に命を存在させること」が原点であり、「命の永遠」「幸福の永遠」「自由意志の永遠」、「永遠の愛」…の永続が救いである。
だから、当時日本には「芸術」は「生まれない」し、「生まれても潰される」と思っていた。
人はその信じる「神に似る」。それは「まねる」ということが、人間の本能であることは認めるとしても、「創造の神」を信じ、まねる世界と、「人まね」を第一とする世界とでは明白に異なる結果が生まれるだろう。
しかし、日本においても「新たな創造」は常に生まれている。それを認める社会となってほしい。
ここ京都は「古(いにしえ)の都」と言われいるが、実際は貪欲に新しいものを追い求める都である。それが常に新しい京都として人々から、世界から注目される。まさに「創造=芸術の都」と呼ばれるべき場所だと思う。


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