
神学校に入学した。音楽の授業があることを知った時、「あるわよな。あるある、確かにあるわな。当然あるわよな。」と思った。どうしても、音楽からは逃れられないことを知った。
ここまで来て、再びトラウマが蘇って来たように思った。教会へ行って、それなりに楽しく賛美をしているだけで済んでいたものが、ここへ来て再び授業となって再登場した。しかし、諦めの精神は中学生の頃よりは身についていると思い、腹をくくるのは早かった。
噂では、一番厳しい先生だと聞いた。尊敬する村上密牧師は「D」判定だったので、上の学校へは行けないのだと、私に教えてくれていた。先輩に聞くと音大出でも「C」しかもらえないのだという。
「終わった!」と思った。ここへ来て、悪夢が現実のものとなった。大学の時は何とか逃れたが、神学生になってまで逃げだすのはあまりにもツラいと思った。
授業が始まって、何度目かだったのだと思う。大森先生が言った。
「音楽は『建築学』みたいなものなのよ。」
その瞬間に目の前がパッと明るくなった。そして、教室も心も全身もが光に包まれたように思った。どうして、そう思ったのか。そう感じたのかはわからない。でも、今言えることは、それまで全く影も形もない、正体不明のドロドロのヌルヌルのような、霧や靄の中を彷徨っていたような、掴みどころのないと思っていた音楽の外形というのか、アウトラインというのか、何かに触れた気がした。
初めて音楽の糸口を見つけたように思った。
その感動から、よせばいいのにオルガンの実技まで取ることにした。



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