
大学院の時、あれはどういう流れだったのか、きっと何かの飲み会に参加することになっていたのか、時間を間違えたのか、予定よりもかなり早く着いてしまったのだと思う。
するともう一人そこに来ていた子がいた。音楽の子で、マドンナのような存在の子だった。声楽を専門にしていて、あの教授の教え子。
仕方なく二人でお話をした。そして、話の流れで、何か歌を歌ってほしいとお願いをしたら、「いいよ。」と言ってくれた。それで、二人で選んだのがこの「愛の讃歌」だった。
一番の疑問はどうして私がこの歌を知っていたかという辺り。子どもの頃に親の見ていた懐メロの番組で見たのかも知れない。
お店もまだ開店したばかりで、他にお客さんはいなかった。
窓が大きくて、明るい陽射しが入ってくるような、少し屋外の感じもあって、テーブルもたくさん置いてあるような広いお店だったように思う。
折角だから、「ボクのために歌って!」と無茶なお願いをした。すると、「いいよ。」と、優しく笑顔で応じてくれた。
カラオケの前奏が始まるとそれだけで、鳥肌が立ちそうな気がした。
そして、歌い始めてくれた。
それは夢の中の出来事のようだった。
お店いっぱいに響く美しい声。そして、柔らかい仕種と笑顔。私をまっすぐに見つめてくれる眼差し。本当に全身に泡立って、心がわき立ち涙が自然とあふれて、流れた。
私は歌がこんなにも感動させてくれるものだと、生まれて初めての体験だった。音楽が…とは言えないけれど、歌が、誰かが歌ってくれる歌が、これほどの破壊力を持っているものかと震えた。
その時から『歌』に対する思いが変わった。歌とは本当に素晴らしいものなのだと、思った。
オリンピックでセリーヌ・ディオンさんの「愛の讃歌」を聞いた。素晴らしいものだった。ツラく苦しい闘病生活を送り、懸命なリハビリをして、オリンピックのステージに立って、立派に歌いあげた。
私に、歌に感動をすることを教えてくれたのは、その優しく微笑んで「いいよ。」と、言う子だった。
もう、歌を、音楽を嫌いだとは言えなくなっていた。ただ、苦手だと言うことにした。そして、憧れを少し持つことができたのかも知れない。
心からの感謝を贈りたいです。ありがとうございます。


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