空の空 空の空なる哉

 「伝道者の書」というソロモン王が書いた書物がある。初めてこの書を読んだ時に衝撃が走った。それはその冒頭二、三節の言葉です。

傳道者言(いわ)く 空の空 空の空なる哉(かな)都(すべ)ては空なり 日の下に人の勞(ろう)して爲(なす)ところの諸(もろもろ)の動作(はたらき)はその身に何の益(えき)かあらん

 これを読んだ時に、「般若心経」の「色即是色 色即是色」と全く同じではないかと思った。
 般若心経は小学生三年生の頃に菩提寺の住職からその教えを聞いた。「世の中にあると思うものは変転流転してすべて形を変えていく。今あると思うものもやがて消えるが、その実体がなくなるのではない(質量保存の法則みたい)。あると思い込んでいるとそれがなくなった時に悲しかったり、苦しかったりする。しかし、その本質は何も変わることがない。だから、その時々で人は四苦八苦するが、そのようなものは無いのと同じこと。「『ある』と思っているものは『無』に等しい」という智慧=真言を知ること、つまり「悟りを得ること」で人は成仏できるのだ。」と。
 うちは真言宗だったので、「『南無大師遍照金剛』と唱えなさい」と教え頂きました。

 『無』とか『空』とかは仏教の専売特許なのだと思っていたら、何と何とキリスト教にちゃんとある教えじゃないですか。
 インドにアーリア人が侵入するのは紀元前1500年頃からということだから、バラモン教などの仏教の前身のようなものはずうっと流入し続けていたと考えられる。当時最大の王国を作り世界に影響を与えたダビデ・ソロモン王国の影響はこの後アッシリア・バビロン・ペルシャ・ギリシアなどを通じて世界へ伝えられたことは疑いようがない。
 この「伝道者の書」が仏教に影響したことは明らかだろう。しかし、面白いのは、この伝道者の書の十二章の冒頭には、

汝の少(わか)き日に汝の造主(つくりぬし)を記(おぼ)えよ 即ち惡(あし)き日の棄の少(わか)き日に汝の造主(つくりぬし)を記(おぼ)えよ 即ち惡(あし)き日の來り年よりて我は早何の樂むところ無しと言(いふ)にいたらざる先

とあって、『空しい』『虚しい』日々を送るようになる前に「あなたの創造主を覚えよ」と教えている。
 実際のところソロモンは晩年になって、世界中の富も権力も知恵も手に入れ、1500人の世界中の美女を集めた後宮も持っていて、素晴らしい神殿と王宮を建て、神に愛され、神の祝福に満ち満ちていた。その結果、「何の楽しみもなくなった」みたいで、それまで創造主を熱心に信仰していたのに迷出てしまい、異教の神々に仕え、大魔導士のようになって、魔法を使い、使い魔を操ったようで、最近のアニメに出て来る「古代魔法」はソロモンが開祖のようで、使われていた「古代語」とはヘブル語だろう。
 そういう不届きで、破廉恥なソロモンの書なので、キリスト教界ではあまり喜ばれていないようだけれども、書いてあることは否定されるべきではない。

 ソロモンの「伝道者の書」には、世の中が「空しい」ということだけではなく、本当の救いが書かれている。

PS:最近古典への興味が強くなっていまして…。古語の聖書もよくないですか。

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