モーセの物語

 ネットフリックスで、「神と交わした約束:モーセ物語」を勤労感謝の振替休日に見た。圧巻の映像やスケールの大きいストーリーに魅了された。
 ユダヤ教、イスラム教、キリスト教にとっての同じ神様の物語である。モーセの物語と言うけれど、現実的には、神様の物語である。
 様々なところで語られているが、「選民意識」というものが、信仰の底辺にある。多神教のエジプトが描かれているけれども、アブラハムが出てきたウルというところは、現在のイラクあたりとされているが、同じように多神教の国だった。そして、世界中が多神教と言ってもいいだろう。インドを初めとして、日本を含む東アジアも多神教の国だろう。
 その多神教の国では、「自分で好きな神を選ぶ」という感覚だろう。しかし、ユダヤ、イスラム、キリスト教では、「神に選ばれた」という感覚である。
 この「神に選ばれた」ということが、実にありがたく、光栄なことである。
 例えば、テレビなどを見ていると素敵なアイドルがいっぱいいる。どのアイドルを「推し」にするかは、ファンである人が自分で決めればよい。それはそれなりに楽しいことだろう。でも、もし、そのアイドルの方から「選ばれた」としたら、それが特別に選ばれた者だったとしたら、そちらの方が、超絶うれしいことではないだろうか。
 そして、その方が、天と地を創造された絶対的、圧倒的な存在で、唯一無比なお方だとしたら、その方に名指しで呼ばれたとしたら、その方が現れて、選ばれたとしたら…。それほど光栄で名誉なことはない。自分に何一つ価値が無いようであればあるほど、うれしいことはないだろう。
 ちなみに、「アイドル」とは「偶像」という意味で、多神教の神を指す言葉である。

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