インスピレーション

【新改訳2017】出エジプト記
31:2 「見よ。わたしは、ユダ部族に属する、フルの子ウリの子ベツァルエルを名指して召し、
31:3 彼に、知恵と英知と知識とあらゆる務めにおいて、神の霊を満たした
31:4 それは、彼が金や銀や青銅の細工に意匠を凝らし、
31:5 はめ込みの宝石を彫刻し、木を彫刻し、あらゆる仕事をするためである。

 学生の頃、美術を習っていた時に先輩に、「いいアイデアが浮かばないんですけど、どうしたらいいですか?」と聞いたことがある。その時先輩は「『インスピレーション』が必要だねぇ。」というようなアドバイスを頂いた。当時『インスピレーション』という言葉をたぶん生で初めて聞いた。
 しかし、一番肝心な「どうやって霊感を手に入れるのか?」ということは、ついぞわからないままだった。

 ベツァルエルは神の幕屋を造るために「神の霊」に満たされた。つまり、様々デザインや構造や材料や素材の知識などもすべて神の霊に導かれて行われたことがわかる。これこそまさに「霊感」であり、「インスピレーション」だろう。
 私はたまたま美術の世界に放り込まれたようなものだったから、この「インスピレーション」が聖書からのものだと気が付いたが、そうでなければ、何だかよさげな言葉でしかないだろう。

 【新改訳2017】Ⅱテモテの手紙 3:16には、「聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です。」とあって、ストレートに『霊感』と使われている。
 「霊感」とは、神の与えてくれる「知恵」である。それは、論理的、律法的、道徳的なものばかりではなく、美術や様々な芸術、生活活動全般に亘る知恵である。なぜなら、天と地の創造主にして、全知全能なる神の霊による霊感であるのだから、すべての知恵である。
 つまり、インスピレーションがほしいのなら、「神の霊に満たされる」必要がある。
 勘違いをして、お酒やドラッグを使う人がいるけれど、それでは、悪魔・悪霊に霊感されることになる。そうなれば、魂を削ることになるだろう。生贄として。それでもと思う人もいると思うけれど、神にまさる知恵は無いだろうから、残念だろうけれどB級品しか作れないだろう。

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