
小中高?の頃に、この「慶安のお触書」を習って、本当にびっくりした。これは一体何なんだろうと思った。誰が何のために、出したお触書なのか。誰のためのものなのか…。
こんな法律を出すことができる政府って何なんだろうか?
それでも、こうした人の家の中身までのぞき込むような法律を作るというのは、本当にデリカシーもなければ、人間性まで疑うわ。と言いたいところだけれども、最近は「きめ細かい」法律を作ると言って、こんな感じのことをやっているように見える。生活保護を受けている人は、もっと細かいところまで生活全般を管理され、報告の義務もあるのだろうか、と感じる。
保健の問題にしても、資産がいくらとか、預金がいくらとか…。
これから、介護保険のお世話になるとしたら、パンツ(介護用おむつ)の色まで決められそうで、プライバシーも何もなくなるのだろうと思う。ありがたいようなちょっとさみしいような。
今朝は、ピロリ菌を駆除できたようで、逆流性食道炎も収まっているのか、妻が出してくれた緑茶を美味しく頂いている。お茶を飲みながら、慶安のお触書を思い出した。いやなサガに思える。
海外で緑茶がブームらしくて、日本人もいつまで緑茶が飲めるのだろうか。作っても食べられないお米のように、日本で作っているはずのお茶が飲めなくなれば、やはりこの慶安のお触書の時代がやって来るように思う。
令和のお触書
一、お茶を買って飲まないようにせよ。それは外国人のためにまわすように。
一、雑穀を食べ、米を多く食いつぶさぬようにせよ。(慶安のまま)
と言われる日が来ているのだろうか。


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