
子どもの頃、四月の花は「チューリップ」だと言われて、四月生まれの私はとてもイヤでした。チューリップの花が好きではなかったからです。
〽さいた さいた チューリップの花が ならんだ ならんだ 赤 白 黄色…
この如何にも安直な歌が、何かバカにされたように思えて仕方が無かった。それと、「チュー」と「リップ」を勝手にわけて、「キス」と「くちびる」ということで、この花の名前は「くちづけ」なのだと思っていた。とても恥ずかしい名前の花だとも思った。そんな思いをして見ていると、赤い花を横に倒して見ると確かに「くちびる」のように思えて、気持ち悪かった。
子どもの頃には色々と「誤解」というか、思い込みのようなものがあって、受け付けないものも多かった。食べられない物が多かったのもそうしたもののようにも思う。
大学生の頃、確か姪だったと思うけれど、「チューリップがかわいいから好き!」と言われて、それまでの思いが一瞬で消えた。確かオランダのチューリップ畑の写真を見せてくれた。
〽さいた さいた チューリップの花が ならんだ ならんだ 赤 白 黄色…
歌の歌詞、そのままのチューリップの写真だった。
チューリップの花の寿命は短い。蕾から少し開いた状態が好きだった。それが最近は普通に開いた状態も受け入れられるようになった。でも、すぐに開きすぎて、花びらが倒れ、あっという間に花びらがだらしなく垂れ下がる。一年かけて、たったのこれだけ、と思うと可哀想な花に思える。
球根は大きくて、大げさなのに、花の時間はあまりにも短い。
私の中では、チューリップの花束は、たくさんある花束の中でも、今ではかなり上位に位置する。
「花のいのちはみじかくて、苦しきことのみ多かりき…」
花は女性に例えられることも多い。「美しい時は短い」ということなのだろうか。それとも、短い生涯を通してずうっと「苦しい思い」をすることが多いということなのだろうか。
今は時代が変わって、長く生きて、幸せになれたのだろうか。


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