
先日部屋の片づけをしていたら、「ヘンリー」が出てきた。子どもが小さい頃に「きかんしゃトーマス」にはまっていた頃に、作ったものだった。当時はお金があまりなく、子どものおもちゃを買うのにも躊躇していた。だったら、自分で作ろうと思って、頑張って作った。
当教会は建物を建てるのに、お金がかかって、中は造れなかったところも多々あって、後は私の日曜大工でということになった。壁を作ったり、親子扉を作ったり、脱衣所の扉や玄関の親子扉を三枚に分けて作ったりした。そんな状態だったので、材料はいくらかあった。購入していたトーマスを参考にしながら、このヘンリーを作った。それは、子どもが「ヘンリーがほしい」と言ったからだった。
私は、「きかんしゃトーマス」を見た最初、あまりにも安直過ぎて、気持ち悪くさえ思った。確かに、機関車は大好きだったし、子どもの頃の家は旧国道二号線を挟んで山陽本線が走っており、蒸気機関車を見ることも多かった。しかし、この蒸気機関車の顔に『顔』を張り付けて、子どもらしく話しているのは、「何か違う」と思ってしまう。
でも、子どもが好きだというのならと、自分の思いなど捨てて、一生懸命に作った。
あり合わせの材料で、ビデオを見ながら作ったから、何とも不甲斐なく、子どもにも申し訳なく思ったが、子どもはとても喜んでくれて、よく遊んでくれた。
今回見つけた時に、傷んでいる部分が子どもが遊んでくれた痕だと思うと、愛おしくて仕方がなくなった。
先日、NHK教育?がやっていた「きかんしゃトーマス」がチャンネルを切り替える途中で映り、思わず見入ってしまった。子どもは世界を広げてくれる。
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