
更級日記は日記文学というジャンルになるらしい。この更級日記を読んでいて、ふと思ったことがある。それは、この日記は少し作り話を足しているのではないだろうか、ということだった。実際の体験談をそのままにして、そこにフィクションを付け足したのではないかと思った。
もし、自分がそんな日記文学と呼ばれるものを書くとしたら、その方が絶対に面白いと思う。現実の自分の人生が、源氏物語の登場人物の一人のようだったら、どんなにか楽しくて、素敵な人生だったのだと言えるような気がする。
菅原孝標の娘はあの菅原道真の血筋らしく、三蹟の一人の藤原行成の話まで出て来る。孝標の娘の名前は出て来ません。それは、源氏物語の登場人物と同じように名前を伏せているのだと思います。文学の世界はあまりよく知らないのですが、そちらでは常識的なことなのでしょうか。そして、自分をも源氏物語の登場人物のように描いているのでしょう。
夕顔と浮舟に憧れを持っていたようですが、夕顔は物の怪に取りつかれて亡くなります。でも、夕顔には玉鬘という美人の妹がいます。産後亡くなった姉は葵の宮のようですが、妹に焦点を当てるとしたら夕顔だと思います。
そして、浮舟は薫と匂宮の二人に取り合われるという「三角関係(まだ死語にはなってないかな?)」。それはそれは女性としては何とも羨ましい素敵な立場ではないでしょうか。
更級日記には、ご主人の橘俊通の記述は少ないです。そして、俊通との結婚後に一番のイケメン源資通が現れ、最高の山場なのではないでしょうか。私はこの話が作り話、フィクションなのではと思います。何でここで、いきなり『源』姓?。
この源資通とのやり取りは本当はご主人の橘俊通との間に実際にあった話だったのではないかと思うのです。そして、ご主人との大切な記憶を源氏物語の一コマのようにして描いた。それは、自分の人生の中にも源氏物語のような素敵な一場面があったのだと記したかったのではないでしょうか。
孝標の娘の名前はありませんが、彼女を呼ぶとしたら、勿論『更級』だと思います。亡くなられたご主人様のお亡くなりになった地の名前で呼ばれることを願ったのではないかと思います。
更級日記は、「源氏物語『更級』の帖」なのだと思います。
更級は、明石の宮のように遠方で『光源氏』に出逢ってから上京し、葵の宮のように姉を出産で失い、薄幸の夕顔のように、その妹の玉鬘のように育てられ、浮舟のように三角関係になり、紫の上を亡くした光源氏のように悲しみに暮れ、物語のような人生を送ったのだと、紫式部のように文章に残したのだと思います。
源氏物語に自分の恋を重ね合わせる女性は多いのではないでしょうか。更級のように自分の人生そのものを源氏物語の一帖のように思う人もいると思います。


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