山上の垂訓⑦

 【新改訳2017】マタイの福音書
5:9 平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。

 ウクライナの戦争が始まって4年になる。戦争はまだ続いている。この間にガザでの戦闘もあった。
 この御言葉を読む度に「平和をつくる」ということの難しさを感じる。「平和をつくる」ことができたら「神の子」と呼ばれるという最大の御褒美が用意されている。
 先日小学校で「平和授業」のようなことをさせて頂いた。その時にも子どもたちに言ったのは、「『平和をつくること』は、おとなにもできないような難しいこと」ということを。
 日本は戦後81年目を迎えていて、とても平和であり、それを享受している。今の日本人は平和のありがたみをとても強く感じているのではないかと思うし、「平和を守りたい」と思っていると思う。
 子どものころは良く「平和ボケしている」と言われたが、私は誰も平和ボケなどしていないと思っている。一歩間違えば、戦争や紛争になる。だから、何とかして戦争にならないように、外国が攻めて来ないようにと思っていると思う。
 その気持ちの現われが、今回の総選挙の結果だったのだと思う。
 日本は戦争ができないというのは、子どもの頃から何度も言われて来た。だから、自分たちから、戦争を始めようとは誰も考えていないと思う。しかし、だからと言って、いきなり急に、ウクライナのようにロシアに一方的に攻め込まれて好きなようにされていいなどと誰も思っていないと思う。
 まずは、相手が攻めて来ようとは思わせないようにしたい。そのためには、攻めると痛い目に遭うことをわからせたい。
 そのために、核武装の話や軍備拡張の話などが出て来る。アメリカとの同盟の強化を願う。
 ガンジーのような「非暴力」など、今の時代では考えられないのではないだろうか。一方的に蹂躙されておしまいに思える。
 日本は連合軍に負けて、平和を手に入れた。そして、その平和を守り続けて来た。それは、外国から軽んじられたり、みっともないように見えるかも知れない。中途半端で、格好も悪いかも知れない。それでも、そうした批判を浴びながらも、耐えて、無茶なことをせず、我慢して、今の平和を手にしていると思う。
 それこそ、「平和をつくる」ことの難しさを十分に知っているのではないだろうか。
 そんな日本だからこそ、平和国家としての誇りをもって生きることができる。
 「神の子」の称号に相応しい国なのではないだろうか。

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