久しぶりにテルマエ・ロマエの映画を見た

 久しぶりに「テルマエ・ロマエ」の映画を見た。本当によくできているなぁと感心した。
 主人公の阿部寛さんや北村一輝さんや市村正親さんなど、ローマ人と一緒にいても遜色がないのに改めて驚きました。日本人も「平たい顔族」ではなく、欧米風の顔になって来たのだろうかと、欧米化は生活だけでなく人体にまで影響を及ぼしているのかと驚いた。
 でも、そこよりも今回注目したのは「奴隷も大変だな…」というセリフです。勿論ローマ時代には、蒸気機関もモーターもエンジンもコンピューターもなかった。扇風機一つないから、暑い時は貴族は奴隷にでも、扇がせていたのだろう。このトイレのシーンも自動で蓋が開き、水が飛び出し、音楽が流れるというのは、すべて電気の力だろう。それを動かし制御するために、モーターやスピーカーやコンピューターが必要だ。
 現代の生活を快適にしているのは、古代ローマでは奴隷にやらせていたことをこうした電化製品に依存しているからなのかも。馬にやらせていたことをエンジンにやらせて、自動車やバイクがある。
 子どもの頃母が、洗濯機やガスの炊飯器や湯沸かし器や冷蔵庫をとても喜んでいた。今は、食器洗い機や電子レンジやクーラー、テレビ、コンピューター等々。そして、ロボットやAIまでも出てきている。奴隷だけではなく、職人や先生まで機械に頼んでいる。
 ドローンを見る度に、特攻隊を思い出す。ニューヨークの貿易センタービルに突っ込んだイスラム過激派の成果を見てか、イラン製のドローンなどがたくさん造られている。
 何か、人間は「人間の代わりになるもの」を作っているみたいだけれど、それは「人間のいらない世界」を作っているように思う。
 でも、先日セルフレジで万引きが多くて、廃止したり、有人レジに戻っているという話を聞いた。「価格転嫁」をどうする的な話が出ていたが、有人レジの方が性能がいいのだと思った。まだまだ人間を排除することはできないのかも知れない。
 以前にも書いたかも知れないけれど、「ロボットが買い物に行って、ロボットがレジをして、家に帰るとロボットたちが生活している」というイメージが湧いてくる。やはり人間のいない世界を造っているように思うし、「人間が必要とされている理由」は、相変わらず「奴隷としての価値」であるということなのだろうか。

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