母の日💖

 今はまだギリギリ母の日かな。教会にお花を献げてくださった方がいたので、飾りました。
 たぶん小学生の低学年の頃に母の日を知ったのか、意識したのかのように思います。紙で作ったようなカーネーションに「母の日」だったか、「お母さんありがとう」と書いてあったのか、よく覚えませんでしたが、学校で配ってもらったような気がします。それをお母さんに渡すように言われたような。
 後ろに安全ピンが付いていたような気がします。
 「母の日」と言うべきか、「お母さんの日」と言うべきか。「お母さん」と言う方が好きだから、「お母さんの日」という方が好きですね。
 そんなお母さんの日のカーネーションのプレゼントを学校で配っていたように思いますが、しばらくした時に、お母さんがいない子はどうなるのだろうかということが議論されるよになったのか、「白いカーネーションを渡す」という話を聞いた。でも、実際にお母さんがいる子といない子を明確に区別することになって、その話はどこかへ消えてしまった。そんなことがあったのを誤魔化すためなのか「父の日」というのが作られた。男女平等という感覚なのだろう。
 バレンタインデーに対して、ホワイトデーが作られたような感じなのか。どちらが早かったのかはよくわからない。
 そして、現代はもっとややこしい。お母さんやお父さんに手放しで「感謝しなければならない」ということがグラついている。
 家庭内暴力とか虐待とか出て来て、先日も京都で義父が子どもを殺した。こんな親に感謝をしなければならないとなるとそのこと自体が虐待となるだろう。
 聖書の十戒には「父と母を敬え」というものがある。これはDVな親に対しての教えであろうはずがない。そして、この教えは牧師や祭司や司祭がする以上に親自身がしなければならないものだろう。そして、まず自省しなければならない。「自分は敬われる価値のある者なのか」と。そして、「その価値がある」と思った時点で、その資格はない。
 これは、親子共々に自戒としての教えである。「尊敬に値しない親とそんな親を敬う気にもならない子ども」が、どうしたら、「父と母を敬うことができるか」と生涯をかけて模索し続けるべきものだろう。親は敬ってもらえるように努力し続けなければならない。子どもは何とか親を尊敬する気持ちを絞り出す努力をし続けなければならない。
 生物学上の親子でも、法律上の親子だからというだけでは、この教えは成り立たなくなってしまったほどに、現代という社会が崩壊していることに何よりも気が付くことが必要だろう。
 この文章を書いているうちに「お母さんの日」は過ぎてしまった。そして、私の母はこの世にはいない。でも、母への感謝と尊敬と愛情は今も存在し続けている。そんな思いを与えてくれた母にやはり感謝の気持ちは尽きない。
 

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